鎌倉の光明寺
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- date. 2016/09/03
今日はランで少し足ののばして鎌倉、材木座の光明寺まで行ってきました。
画像はその光明寺の山門ですが、実は右側に見える白い住宅2軒分が母方の祖父の家があった場所で、私は小学生の頃はほとんどここから毎日通っていたんです。
この山門前の敷地は今は舗装されて駐車場になっておりますが、当時は真ん中の石畳の歩道以外は舗装はされておらず、学校が終わったら、ここに帰ってきて暗くなるまで友達と野球をして遊び、終わったらおじいちゃんちに戻り夕飯を食べて、北鎌倉に母と一緒に帰るという生活をしておりました。
また、この山門の右奥には幼稚園があるのですが、私はそこの幼稚園(材木座幼稚園)の卒園生でもあるんです。
毎日、幼稚園が終わるとバスで子供たちを載せて送るのですが、私はバスに載せてもらって、友達を送り届けて1周して幼稚園まで戻り、そこから歩いておじいちゃんちに帰るという事をしておりました。
つまり、ここが私の子供時代の生活の拠点だったわけなんですね。
今ではごらんの通り、舗装されてしまって、風景も変わってしまったのですが、当時生えていた木々は今でも残っているものものあったりして、ここに来ると懐かしさがこみ上げて来るということなんです。。
時々はこうして立ち寄ってもいいかな、という数少ない場所の一つでございます。
画像はその光明寺の山門ですが、実は右側に見える白い住宅2軒分が母方の祖父の家があった場所で、私は小学生の頃はほとんどここから毎日通っていたんです。
この山門前の敷地は今は舗装されて駐車場になっておりますが、当時は真ん中の石畳の歩道以外は舗装はされておらず、学校が終わったら、ここに帰ってきて暗くなるまで友達と野球をして遊び、終わったらおじいちゃんちに戻り夕飯を食べて、北鎌倉に母と一緒に帰るという生活をしておりました。
また、この山門の右奥には幼稚園があるのですが、私はそこの幼稚園(材木座幼稚園)の卒園生でもあるんです。
毎日、幼稚園が終わるとバスで子供たちを載せて送るのですが、私はバスに載せてもらって、友達を送り届けて1周して幼稚園まで戻り、そこから歩いておじいちゃんちに帰るという事をしておりました。
つまり、ここが私の子供時代の生活の拠点だったわけなんですね。
今ではごらんの通り、舗装されてしまって、風景も変わってしまったのですが、当時生えていた木々は今でも残っているものものあったりして、ここに来ると懐かしさがこみ上げて来るということなんです。。
時々はこうして立ち寄ってもいいかな、という数少ない場所の一つでございます。 

汗をかきやすい時期の時計としては最適です。。
こうして個人のコレクションを見てみるとやはりスティールの時計が多いですよね。。
それと複雑系の時計は個人的にはそれほど好みでなく、結局タイムオンリーの時計ばかりになっておりますな( ̄- ̄)
1941年製造ですので比較的初期の130になります。
ダイヤルは経年変化で変色しておりますが、アンタッチのオリジナルダイヤルです。
ケースもしっかりしておりますv(^^)
BEYERとのダブルネームの130は極めて稀少でございます(≧▽≦)
国際市場の流れを受けて、日本のオークション会社(時計部門)も一気に変動がありました。
まずはAntiquorum Japanが閉鎖になり、同時にPHILLIPSの日本の窓口ができたり、長年Christie’sさんの時計部門で勤続されていたFさんがご退社されて、Antiquorumにいらした方が新たな担当として着任されたり。。。
Sotheby’sさんは相変わらず、特に日本には担当者は不在の状況ですが。。。
この流れを受けて今秋、そして来年にどのような展開になっていくのかちょっと楽しみでございます。
いずれにしても日本市場により良い時計が入ってくる機会が増えることを期待しておりますので、各社のご担当には是非頑張っていただきたいものでございます。
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