昔住んでた所
- Category:others
- Comment(2)
- date. 2016/09/06
今日はちょっと用事があって世田谷区方面に行っておりまして、ついでにふと思い立って、昔住んでた所を見てきました。。
私は、以前オーストラリアに暮らしてまして、帰国してから鎌倉に戻るまでの約7年半を世田谷区の上野毛という所で暮らしていたんですよね。
最初の6年位は賃貸のマンションに暮らしていたのですが、そのマンションはまだ残っておりました。
近くには高島忠夫さんのお宅もあったりする、閑静な住宅街の割には、近くにブドウ畑があったりして、割と緑が豊富な所でした。
画像の中でちょうど洗濯物が干してあるところが私が住んでいた部屋です。バルコニーが狭くてねぇ(^^;;。。。
そして、2007年の春だったかな、上のマンションから環八を自由が丘方面に渡って少し歩いたところにあるマンションを購入して、引っ越したんですよね。
それがこのマンションで
大手ディベロッパーのマンションですが、世帯数も少なくてこじんまりした良い建物でしたが、購入して1年半で実母が突然亡くなり、このマンションを手放して鎌倉に戻ったというわけです。
周辺を歩いてみると、まだ数年前の事ですから当たり前なんでしょうが、当時の家々はそのまま変わらず残っていて。。。
自分の生活は一変してしまったのに、ここには変わらない生活を営んでいる人たちがいるんだなぁとかしみじみ考えてしまいました。。
皆さんにとっては、何の変哲もないただの建物の画像で申し訳ございません(^^;;
最近、昔を懐かしむ内容のブログが多いかもしれません。。
やっぱり少し年とったかな。。
もっと前を見て歩かないと。。。。
近くには高島忠夫さんのお宅もあったりする、閑静な住宅街の割には、近くにブドウ畑があったりして、割と緑が豊富な所でした。
画像の中でちょうど洗濯物が干してあるところが私が住んでいた部屋です。バルコニーが狭くてねぇ(^^;;。。。
そして、2007年の春だったかな、上のマンションから環八を自由が丘方面に渡って少し歩いたところにあるマンションを購入して、引っ越したんですよね。
それがこのマンションで
大手ディベロッパーのマンションですが、世帯数も少なくてこじんまりした良い建物でしたが、購入して1年半で実母が突然亡くなり、このマンションを手放して鎌倉に戻ったというわけです。
周辺を歩いてみると、まだ数年前の事ですから当たり前なんでしょうが、当時の家々はそのまま変わらず残っていて。。。
自分の生活は一変してしまったのに、ここには変わらない生活を営んでいる人たちがいるんだなぁとかしみじみ考えてしまいました。。
皆さんにとっては、何の変哲もないただの建物の画像で申し訳ございません(^^;;
最近、昔を懐かしむ内容のブログが多いかもしれません。。
やっぱり少し年とったかな。。
もっと前を見て歩かないと。。。。 
130のダブルネームではまず目にすることのない、BEYERダイヤル。。
いい感じにagingしております(^^;;
こうやって比較すれば一目瞭然ですが、左の130はドットのインデックスが大きいですよね。
ちなみにこの130は非売品だそうです。
時計やさんがそれを理解してい非売にしているのかどうかは不明ですが、もしかしたら特注なのかな。。
このドットデザインの130は、どちらかというと余り人気の高くないデザインなのですが、これだけ大きいとちょっと特別感があってコレクター心をくすぐりますよね(≧▽≦)。。。
画像はその光明寺の山門ですが、実は右側に見える白い住宅2軒分が母方の祖父の家があった場所で、私は小学生の頃はほとんどここから毎日通っていたんです。
この山門前の敷地は今は舗装されて駐車場になっておりますが、当時は真ん中の石畳の歩道以外は舗装はされておらず、学校が終わったら、ここに帰ってきて暗くなるまで友達と野球をして遊び、終わったらおじいちゃんちに戻り夕飯を食べて、北鎌倉に母と一緒に帰るという生活をしておりました。
また、この山門の右奥には幼稚園があるのですが、私はそこの幼稚園(材木座幼稚園)の卒園生でもあるんです。
毎日、幼稚園が終わるとバスで子供たちを載せて送るのですが、私はバスに載せてもらって、友達を送り届けて1周して幼稚園まで戻り、そこから歩いておじいちゃんちに帰るという事をしておりました。
つまり、ここが私の子供時代の生活の拠点だったわけなんですね。
今ではごらんの通り、舗装されてしまって、風景も変わってしまったのですが、当時生えていた木々は今でも残っているものものあったりして、ここに来ると懐かしさがこみ上げて来るということなんです。。
時々はこうして立ち寄ってもいいかな、という数少ない場所の一つでございます。 
こんにちは。
僕は、極力行かないようにしています。昔住んでいた場所。永山さんとほとんど変わらない年齢だと思うのですが、「あのころは良かったなあ」って思ってしまうのが怖いのですよね(苦笑)
しかし先日大阪で、住んでいたころによく行った公営プールの近くを通りかかったときには、そういう思いよりも、変わらずそこにある建物の力強さを感じました。
映画好き時計好きさま、
いつもコメントありがとうございます。
なるほど、仰るとおりの意見もございますね。。
私は単純に「懐かしさ」だけしか去来しませんでした。。
あの頃に戻りたいというような思いはありませんでしたが、単純に当時の年齢を考えると「若かったなぁ。。。」とは感じました(^^;;