COLUMN

19.

”Extract from the Archives”について

今回のコラムは今までほど研究資料っぽくは有りません。
どちらかと言うと、今までのコラムよりもいわゆるコラムっぽい内容で私論だと思っていただけると幸いです。
現在ではvintageパテックの取引にはExtract from the Archives (以降「アーカイブス」と言う)の付属がほぼマストになっている状態です。
市場では特にダイヤルについての表現が「アーカイブス」上に記載されている内容と実物との間に齟齬があると、極端に価格が下がってしまったりします。ご存知の通り、個々の「アーカイブス」にはダイヤルについて詳細に記載されている物もあれば、例えば”Not mentioned”と記載の無い物もあったりして、コレクターの頭を悩ませています。
販売側も「このダイヤルは「アーカイブス」の通りですからオリジナルです」と言う説明の仕方をしたりするわけですから、益々「アーカイブス」に何が書かれているか(もしくは書かれていないか)が、市場価格の決定要素として大きな位置をしめ、またコレクターも購入の意思決定の重要なポイントになっております。
でも、例えば、この時計をご覧ください。
96radium.JPGのサムネール画像のサムネール画像
※画像提供 Y.S.氏
この時計はオークション会社であるChristie’sに数年前に出品されたref.96ですが、インデックスがラディウムドットになった極めてレアな時計です。
この時計は当時の保証書も付属しており、保証書には”Radium hour marker”と記載されているので、販売時のオリジナルであることが分かります。
しかし、一方で「アーカイブス」には”Silvered yellow gold index”と記載されてあるんです。
これでは、どっちを信じたら良いのか分からなくなってしまいますが、アーカイブスとオリジナルの保証書のどちらを優先すべきかは言うまでも無い事ですよね。恐らくは、ファクトリーを出た時点では通常のシルバーにゴールドインデックスであった物が、販売時に購入者の意向もしくは販売側の意向により現在のダイヤルに交換されたと考えられます。
もし、保証書が無ければ、この時計は「アーカイブス」とは異なる交換ダイヤルと言う評価だったでしょうが、保証書のおかげでかなりの高額で落札されたわけです。
現実的に、この時計のようなケースはたびたび行われたであろうことは容易に推測出来ます。
実物はブラックダイヤルなのに、「アーカイブス」上ではシルバーだったり、もしくはブレゲインデックスなのに、「アーカイブス」にはブラックダイヤルと記載されてあったり等々、市場では良く見られるケースです。
でも、やはり現在の市場では、前述の通り、「アーカイブス」至上主義になっているので、こういった「アーカイブス」と齟齬がある時計には少々二の足を踏んでしまう訳です。
最近、こんな事もありました。
ある、ブレゲインデックスの時計があり、「アーカイブス」にもブレゲの記載があります。
オーバーホールが終わり、念の為詳細をチェックしてみると、「アーカイブス」上のケースナンバーは663.XXXとなっていましたが、実際のケースナンバーは633.XXXとなっています(もちろんムーブメントナンバーもリファレンスも合ってます)。
恐らくは、アーカイブス発行時の単なる入力ミスだろうと思って、再申請してみると、何とパテック社のArchives(以降「製造記録」と言う)上では当該ムーブメントナンバーの時計のケースナンバーは663.XXXになっており、当初発行した「アーカイブス」が誤りであり、今回申請を受けたナンバーは同社の「製造記録」と合致しないため「アーカイブス」の発行が出来ないというものでした。
こんな事ってあるのでしょうか?
リファレンスもムーブメントナンバーもダイヤルも全て合っていて、ケースナンバーが「万」の桁だけ違うなんて事が。。。。。
もちろんあり得ない事では無いでしょうが、物すごい確率の低さではないでしょうか。
もしかしたら、当時の「製造記録」への記入間違いなんて事もあるのではないかとも思ってしまいます。
話は戻りますが、工場出荷時点と販売の時点でダイヤルが交換されている(もしくは購入者の意向で変更される)事はたびたび行われていたと考えられます。
この、販売時の交換は「製造記録」には記載されないため、本社が発行する「アーカイブス」には記載されないと言う現実があります。
「アーカイブス」はその有無、もしくは整合性により市場価格が決定されると言う現実がある以上、その整合性を無視する事は出来ません。
しかしながら、前述のように販売時に交換されたダイヤルを「オリジナルでは無いから価値が無い(もしくは価格が大幅に下がってしまう)」と言うのは少々暴論過ぎると考えています。
ある時計があり、そのダイヤルその物のオリジナル性が間違い無い事、もしくはダイヤルの製造時期が時計の製造時期と同じような時期である事等の点をクリアしていれば、仮に「アーカイブス」との整合性が取れていないとしても何らその時計の価値を減ずるものでは無いと言えると思います。
もちろん、何よりも感謝すべきは、過去の自社の時計の「製造記録」をしっかり保管していて、申請し費用を払いさえすれば(仮にその時計を持っていなくても)誰にでも「アーカイブス」を発行してくれると言うPatek Philippeの素晴らしい姿勢で、その事に対して何ら不平を唱えるものではありません。
この「アーカイブス」の存在こそが、現在のVintageパテックの市場価格を他社の時計の価格よりも一段高めている要因の一つであることは間違いないと思います。
願わくば、時計の市場の価格形成に大きな役割を担っているオークション会社が先頭になって、柔軟な考え方を採用し、「アーカイブス」と整合性の無いダイヤルの時計の評価についても、それ相応の評価をしていただく事を祈るばかりで、またそうなることにより、コレクターの転売リスクが軽減され、購入の意思決定の選択肢が飛躍的に広がり、市場が更に活性化するのではないかと考えている次第です。
ただ一つ忘れてはいけない点として、ずっと後年になって商業目的で意図的に交換されたダイヤルも市場には存在している点です。
交換時期の見極めの困難さから、いわゆる販売時オリジナルダイヤルが後年交換ダイヤルと同じ範疇でとらわれていると言う現実も見逃すことはできません。
いわゆる「ババを引く」リスクを冒すくらいなら、アーカイブスと整合性の取れている時計を購入しておいた方が無難であると言う考え方は、全く正当である事は言うまでもありません。
コレクターにとってのこのリスクを軽減するのが販売側の責務であり、販売時に交換されたオリジナル性の高く、且つ素晴らしい時計については、自信を持って(もちろん責任を持って)コレクターの皆様に紹介していく事が我々の存在意義の一つと考えています。

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